脅威の信用商売
男は凍りついた。
確かにありがたいことではある。しかし悪いのは自分だ。カフェ・ラテ1杯とはいえ、甘んじるわけにはいかない。
「次にいらっしゃたときでかまいませんので」
笑顔で繰り返す店員に、出かかった言葉が押し込められる。
どうしてはっきり断れない。
いいとか悪いとかじゃない。けじめがつかないじゃないか。情けないじゃないか。財布を忘れたのは自分だ。男らしく、また来るよ、とでも言って颯爽と立ち去ればいいんだ。
「レシートをお渡ししますので、次にいらっしゃたときにお願いしますね」
ためらっている間に、彼女はてきぱきと仕事を進める。男はまた何か言おうとした。
オーダーが入った。もう、断るのも申し訳ない。男は口をつぐむ。目も合わせられなくなってしまった。
笑顔。自分にだけ向けられていた。今日まで欠かさず会いに来ていたのは何のためだ。名前も知らない。これで会わせる顔もない。彼女の心は離れてしまったのに、財布を持ってもう一度来なければいけない。来れば、またいつものように注文しなければいけない。軽蔑のまなざしなど、見たくはないのに。
「少々こちらでお待ちいただけますか」
どかされた。彼女はもう、その男の顔を見ようともせず、別の男に笑顔を向けていた。傷ついた心がきしむ音に、新しい男が嘲りの言葉を吐く。
「ブレンド」
やめろ。そんな男に笑いかけないでくれ。コーヒー1つ、ろくに頼めないようなやつに。
彼女の新しい男を睨みつける。しまった、強そうだ。すぐに顔を伏せた。心臓が波打つ。やつがこっちを見ている。
「カフェ・ラテ、おまたせしました」
助かった。そう思った。彼女はまだオレを思ってくれている。きっと、やつにむりやり迫られて困っているんだ。
「お客さま?」
大丈夫。オレがついている。男は顔を上げ、二人は見つめ合う。
その店員は顔ひきつらせて、目を逸らした。