「プロは無償で商品を作ってはならない」とか言う前に (2)

 みなさん、まず「経済」という言葉について辞書を引いてみましょう。

 前回の文が実際の懸念点とずれているので補足。


 100人の漫画家がいます。

 みんな、普段は原稿料をもらって絵を書いています。

 あるとき、一番人気の漫画家が「今回の仕事はただでやります」と言いました。

 それを受けて出版社は他の漫画家たちに、「一番人気がただで仕事をしたから、お前らもただでやれ」と言いました。

 みんな仕方なくただでやりました。

 そうしたら今度は「ただでこれだけの仕事をしたんだから、これからもただで仕事をしろ」と言いました。

 漫画家たちは絵を描いても生活ができないので、みんな漫画家を辞めてしまいました。

 漫画家たちがいなくなって、絵を描いてもらえなくなった出版社はつぶれてしまいました。

 なんてことはありえない。

 経済は需要と供給で成り立っている。

 一般的に価格が下がるのは需要が下がるか供給過多になった場合だ。「ありあまってるものにそんなにお金は出せない」というのが、消費者の共通意見だからだ。

 価格が下がるとどうなるかと言うと、自然と供給が減る。つまり今回の例で言うと漫画家・もしくは漫画が減り始める。「十分な対価を得られない仕事をしたくない」というのが生産者の共通意見だからだ。

 供給が減り続けると、今度は供給が需要に対して不足してくる。すると今度は価格が上がる。この場合は「数少ないものだから、多少余計にお金を払ってでも欲しい」という消費者の共通意見が影響している。

 価格が上がると今度は供給が増えていく。「十二分な対価を得られる仕事を積極的にしたい」という生産者の共通意見が影響している。

 こうして需給と価格は、あたかも均衡を保つかのように変動を続けている。

 これが偏った変動を見せると、不況やバブルといった状況に陥る。

 供給過多にも関わらず供給が減らなければ需要が減り続け、価格は下落を続ける。牛丼やハンバーガーの安値競争が記憶に新しい。いずれも経営が破綻に向かっているのが分かっていながら価格の下落を続けていった結果、あるとき大きな供給調整が始まった。つまり経営や店舗数の縮小だ。

 逆に需要過多にも関わらず需要が減らずに供給不足が深刻化し、価格が上昇を続けたのがバブルだ。地価が大きな上昇を見せ始め、誰もが「明日にはもっと価格が上がっている」と信じ込んで、見込みだけで土地の転売が繰り返されていた結果、経営や資産が価格に耐えられなくなって崩壊、揺り戻しのように価格は一気に下落した。

 三浦建太郎が無料でイラストを書いたことで、業界が漫画家やイラストレータに無償・安価での提供を求めれば、必然的に供給が減る。つまり漫画家やイラストレータは依頼を断るようになる。そのまま調整もせずに同様の供給を求め続ければ、いずれ供給がない破綻的な状況に陥る。経営者の多くはそのことを理解しているし、市場には「見えざる神の手」ってのが働くので、そんなことにはほとんどなり得ない。

 ただし、もしその業界だけでなく全ての業界でイラストに対する価格引下げが始まり、何の調整もなされなかったとしたら、おそらくイラストの世界は遠からず滅亡するだろう。そしてその影響はイラストだけでなく、漫画・作家、美術など他の文化にまで波及して、日本の文化は衰退の一途を辿るだろう。

 しかしそんなことはありえない。おそらく氷河期が始まる前に出版社が潰れる。供給が減る、つまり漫画家やイラストレータが減れば、それだけ競争が緩和して、安くて質の悪い商品が出回るようになる。当然、消費者の購買意欲が削がれ、価格は下落して、出版社はどれだけ売っても儲からないジリ貧状態に追い込まれる。

 そんなことは経営者はみんな知っている。

 しかしそれでも「金色のガッシュ」訴訟問題のような事実はある。あるが、いつかは誰かが声をあげる。そして問題が表面化すれば業界・業者は調整せざるを得ない。評判が悪くなれば当然売り上げに響くし、世間的に実力や知名度がある側が笠に着て圧力をかけるのは、立派な違法行為だからだ。

 だからみんなが懸念に思うような、

あと、「あの三浦健太郎先生がタダで描いた」という事実は、VOCALOIDがらみの嫌儲勢力を増長させるおそれがある。あんな超売れっ子漫画家がまったくの善意からタダでやってくれたんだから、当然お前ごときが対価を要求したりしないよな? という醜悪な論理展開がなされるのが目に見えている。

 なんてことは、よっぽどのことがない限りありえないし、あったとしたら、めぐりめぐって自分も被害者になる三浦本人が真っ先に文句を言うだろう。